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2001年6月16日(土)

 疲れのためか9時20分に起床。いきなり予定通りいかなくなった。フロントにおいてあるパンと部屋にあったコーヒーで朝食をいただいて11時にチェックアウトした。まずはバーバンクのディズニースタジオを見に行った。フリーウェイ110号線にのりバーバンクへ。天気も良く快適なドライブの末、約30分で到着。ディズニーファンとしては聖地とも言えるディズニースタジオはすぐに見つかった。まず正門を発見し、路上駐車して写真撮影。次に敷地に沿って走ると、雑誌で見たことのある”The Walt Disney Co"のゲートがあった。車を停めてここでも写真撮影。残念ながら中には入れなかったが、有名な7人の小人が支えるビルも見ることができて大満足。その後、フリーウェイでグリフィスパークに行った。ここには1979年にYMOがライブを行ったグリークシアターがある。グリフィスパークはハリウッド北の山中にあり、市営公園ではアメリカ最大の規模を誇るらしい。有名なグリフィス天文台やロサンゼルス動物園の他、自然をいかしたハイキングコースもあり市民の憩いの場所になっている。看板通りにグリフィスパークに入ると、出てくる車がとても多く、対向車線が大渋滞している。何かあったのだろうかと思いつつ、僕たちはそのまま山の上に向かった。しばらく行くと、グリークシアターはあった。その周りにはこのくそ暑いのに黒いマントを羽織った人が結構いる。そして頭には黒い博士帽。どうやらどこかの学校の卒業式があったらしい。どおりで混雑してるわけだ。アメリカは6月が卒業シーズンだったのを忘れていた。ってことはこれからヴァケーションシーズンか、どこも混雑しそうだな。グリークシアターは外から見学。8月にはロキシーミュージックのライブがある告知ポスターが貼ってあった。ここでは僕だけ車を降りて写真撮影し、両親は車の中で涼んで待っていた。メチャメチャ暑かったからな〜。

 グリフィスパークを反対側に山道を降りて再びハリウッドに戻った。途中グリフィス天文台が見えたので、ちょっと寄り道したりして。次は1980年にやはりYMOがライブを行ったA&Mチャップリンメモリアルスタジオを探すことにした。地図で確認した場所に行ったが分からない。おそらくここだと思う建物の周りをウロウロしていたがよく分からない。すると向こうから初老の夫婦が歩いてきたので聞いてみたが、分からないとのこと。ちょうどその建物の裏側(こっちの方が表通りに面しているから表側かな?)にセブンイレブンがあったので、水を買って店員に聞いてみた。すると「それは今はA&Mのスタジオになっていて、その先にあるよ」と言ってくれた。確かにA&Mの持ち物のはずだし、それならA&Mの看板でもでているかもっと思って行ってみたが、やはりさっきの建物しかそれらしいものはない。ついには通りかかったUPS(郵便局)の車に乗っている人にまで聞いてしまった。僕たちがウロウロとして、道を渡ろうとしたりしなかったりしていたら、郵便局の車に乗っていた黒人運転手が「渡ってもいいよ」って日本語で言ってきた。これはチャンスとばかり、地図を見せて「この辺にあるチャップリン・スタジオって知りませんか?」って聞いてみた。”郵便屋さんなら詳しいはずだ”、なんていう単純な発想からだった。黒人運転手さんは一生懸命考えて日本語で話をしてくれたが、結局分からなかった。その後近くにあったジム・ヘンソン・ミュージアムの入口のお姉さんに聞いてやっと分かった。それは最初に”これかな”と思って見た建物で、約1時間かけて探し回ったそれはなんの表示もなくとっても寂しいものだった。とりあえず、写真を撮ってから、次の目的地マンズ・チャイニーズ・シアターに向かった。

 ハリウッド・ブルバードについたら、さずがに土曜日だけあって結構人通りがある。駐車場を発見できないまま、チャイニーズシアターの前を一旦通過。しょうがないので、裏の路地に入ってみると”1日5ドル”の表示のパーキングを発見。なんか怪しいけどここでいいや。車を停めて、お金を払おうと思ったが誰もいない。入り口付近にコインを入れられるような機械(?)を発見したが、既に25セントが1枚入っている。どうやって払うのだろう。するとそばにいたおばちゃんが寄ってきて「機械が壊れているので払わなくていんじゃない」って言ってきたので、払わずハリウッド・ブルバードへ向かって歩き始めた。(そのおばちゃんも払わずに車を停めていた)

 ハリウッド・ブルバードにでるといきなり足下にウォーク・オブ・フェイムを発見した。ウォーク・オブ・フェイムとはハリウッドのショービジネスで活躍した人の名前を記した星形のブロンズを道にはめ込んだもの。映画や音楽、テレビ、ショーの世界の有名人の名前がハリウッド・ブルバードの両側、約5kmに渡って埋められている。2500人以上のスターのものが埋められており、ウォルト・ディズニーやミッキーマウスの名前もあった。

 ウォーク・オブ・フェイムを見ながらまずは西に向かい、西の果てでビートルズのブロンズやハリウッド四女神像(ウォーク・オブ・フェイムのシンボルのようなモニュメント)を見て、ハリウッド・ブルバードを渡り反対側(チャイニーズ・シアター側)を同じように道を見ながら歩いた。ハリウッド・エンターテインメント博物館の前のチャップリン像を見た後、ちょこっとスーベニア・ショップを冷やかす。ディズニー・キャラクターのポストカードを大量購入(笑)した後、トイレを借りるため道の反対側にある高級ホテル、ハリウッド・ルーズベルトによった。豪華な装飾のロビーは素敵だったが、日本人の観光客もたくさんいた。ツアーでよく使われるホテルだもんね。マンズ・チャイニーズ・シアターに到着。中国寺院風の派手な映画館で、入口前のコンクリートに映画スターの手形や足形、サインがあることで有名。スターウォーズのC-3PO、R2-D2やドナルドダックのもあった。

 続いてチャイニーズシアターの斜め前にあるエル・キャピタン・シアターにあるディズニーストアに行った。シアターは昨日公開した「アトランティス」のでっかい看板があり、ディズニーストアの中も「アトランティス」グッズであふれていた。店内はそんなに広くはなかったがキャストが陽気でいい感じ。ここでは日本では7月に公開予定の「ラマになった王様」と「イカボートとトード氏」のビデオを購入した。

 ゆっくりした”ハリウッド観光”を終了して、少し離れた場所にあるライブハウス、ハリウッド・パラディアム見学へ。駐車場に戻ると当たり前だけど車は普通に停まっていた。別に駐車違反の切符も張られていない。ちょっと安心して、とっとと出発。サンセット・ブルバード沿いにあるこのライブハウスは、1980年にYMOがライブを行った場所。少し離れた路地のパーキングメーターに車を停めて、疲れた親父を車に残して、お袋と2人で歩いて行った。写真を撮影して、しばらく眺めていた。今回の目的の1つ、YMOライブ会場見学はここで予定をクリアした。そしてふと山の方を見るとどーんとハリウッドサインが!やっとまともに見れた。車で近くまで行ってみようということになったが、近づけば逆に建物が邪魔になって見えなくなったので、結局元の場所に戻って親父もハリウッドサインを鑑賞できた。

 夕方になっていたがビバリーヒルズに行きたいという両親の希望に従い、ビバリーヒルズ方面に向かった。17時をまわっているにもかかわらずまだまだ明るい。途中ハードロック・カフェに行きたかったのでビバリーセンターに寄ることにしたが、結局2時間ほど買い物をしてしまった。お土産のランチョンマットを選んだり、暑いカリフォルニアあわせて両親はショートパンツとTシャツを購入。これで明日からはバッチリだね。ショッピングが終了して19時過ぎ。ハードロックカフェでディナーを食べることにした。集めているライターとピンバッチを購入した後、ターキーとローストビーフのサンドイッチ、山盛りの食べきれないほどの量のサラダを食べて、アメリカン・ディナーを満喫。しかも座った席のすぐ横がステージになっていて、19時30分頃からライブの準備をしている。せっかくだからライブを見ていこうということになった。しかし、いくら待っても全然始まらない。楽器のセッティングはすんでるのにね。20時過ぎになって、駐車場の車が心配になって見に行った。停めた場所がビバリーセンターの駐車場で、お店は20時に閉店なので、やばいかなと思って見に行ったが、車を見つけられず20分くらい時間が経っていたので、両親の心配顔を想像してとりあえずハードロックカフェに戻った。(何しに行ったんだか・・・)ライブは結局21時にスタート。「やばいな〜、今からサンディエゴに行かなきゃならないのに」、なんて思いながら見ていたが、今日のバンド、チョー下手くそでめちゃめちゃがっかり。待ってて損した〜。

 のんびりしていて今日泊まる予定のサンディエゴに向かうのがすっかり遅くなってしまった。夜9時半にビバリーセンターを出発。(車は僕が見に行った階の一つ下でした・・・)直接向かってもよかったけど、ロサンゼルスのダウンタウンを両親に見せるのを忘れていたので、せめて夜景だけでも、と思いダウンタウン経由でサンディエゴに向かった。夜のロサンゼルス・ダウンタウンはマンハッタンとはまた違った趣で、後部座席で寝ていた親父も、起きて見て満足そうでした。しかし、この時点で22時30分近くになっていて、サンディエゴに行くのが厳しくなってきたが、翌日以降の予定を考えると行くしかない。まっすぐ行っても2時間かかる距離なのに回り道したので、深夜0時をまわってもきっと着かない。とりあえずフリーウェイ110号線にのりひたすら南下した。車の数はそう多くはなく、お袋は深夜のフリーウェイ・ドライブに少しウキウキ気分。親父は後部座席で再び爆睡。途中でフリーウェイ405号線に乗り換えて、サンディエゴ方面にひた走る。僕自身も結構疲れていて、少し焦り始めた。結局サンディエゴの少し手前、ラ・ホヤでホテル探し。しかーし、いつもならこれでもかと並んでるモーテル群が見あたらない。ようやく見つけたエンバシー・スイーツに飛び込み高いけど決めた。チェックインは深夜1時半でした。

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RYU@管理人の独り言


人は1年間に世界中のディズニーリゾートに行けるか?
2005年のディズニーツアーではディズニーワールドとクルーズの手配
アナハイムのグランドカリフォルニアンの手配でお世話になりました。
アメリカのディズニーリゾートに行く人は必見。本当に頼りになりますよ。


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